――鉄紺に近い濃い青色の上に描かれた鹿がこちらを見ている。その眼差しの強さに、暫し足が止まった。

魚が、フクロウが、孔雀が、木々が……大小様々なの額やキャンバスのなかで命を宿している。眼の強さが印象的な作品が多く見受けられる。そして、それらと向き合うように、やはり様々な色でペイントを施されたトルソたちが、各々に命を宿し、そこに並んでいる。

昨年(2019年)の11月11日〜16日、湯木慧が初の個展・展示作品受注会「HAKOBUne-2019-」を東京・渋谷のGallery Conceal Shibuyaにて開催した。受注は、かねてから多くのファンから寄せられていた要望に応える形で実現した。本稿ではその模様を届ける。

展示されたのは、湯木が16歳の頃から創作してきた作品群に、6点の新作を加えた19点だった。彼女はこの個展の開催に際して、フライヤーや展示パネルにこんな言葉を寄せていた。

「神がノアに方舟を作らせて乗せたように 僕も僕の方舟を作り 絶やしたくない命達を乗せて、運ぼうと思う」(一部を抜粋)

その言葉通り、会場となったおよそ4メートル四方の展示スペースには、湯木が息吹を注ぎ誕生させた「命」の数々が並んでいた。

11月11日から16日の期間中、湯木は多くの時間を会場で過ごしていたという。

「絵を見てくれているお客さんを見ているのが何より幸せだから」。
ギャラリーの隅でそう言って、彼女はうれしそうに微笑んだ。

「すぐに描き上がった作品もあれば、何日もかかった作品もあります。前の日の夜に描いた作品も、朝、起きてから見てみると、昨夜とは全く違う姿として目に映ることもあります」

「男女五体ずつ並べたトルソの色は、抽象的なものから具体的なものまで幅広いですね。これまでのライブでセットの一部として展示してきたものを間近で見ていただこうと思って」

命に魅かれる。命を描く。それは音楽/アートの別なく彼女の創作に通底するテーマである。

「どの作品も、命を感じるもの、守りたいものを描いています。そして「ノアの方舟」の物語と同じように、命の美しい側面だけではなく、その光と陰を描きたかった。良いことばかりを描きたくはなかった」

スペースの一角には60枚ほど写真も展示されていた。田舎の緑や果物、彼女の祖母をとらえたスナップがあれば、都会の雑踏やホームレスをとらえたスナップもある。

「陰から光を見出すのは、見る側の力に寄ると私は思う。陰を排除すれば清らかになるかもしれないけれど、現実はそうじゃない。どちらもあるし、どちらも大事だと思うから」

そして彼女は「この個展全体が作品。でも、それだけでは未完成なんです」と続ける。

「個展は展示を終えたら完成というわけではなくて、見に来てくれるお客さんがいて、初めてHAKOBUneが完成する。ここに来てくださった瞬間、みなさんも私がHAKOBUneに乗せて守りたいと思える、大切な人になる。音楽のライブと違って、私の作品に触れているかたがたの姿を、私が客観的に見ることができる。だから、毎日、毎分出来上がっては、また違う形で出来上がっていく。6日間、作品が「生きている」様子を見るのがうれしかったし、ようやく完成を迎えたことにほっとしました」

スペースの奥には、一際大きなキャンバスがあった。そこにはまるで何かの気配が煙のように登り立ち、絡み合っているような絵が描かれていた。「○○○○」、言わばシークレットか無題のようにクレジットされたこの作品は、敢えて今回の作品群にカウントしていない、言わばエクストラトラックにあたる一枚だった。そして、この作品こそが、今後予定されている彼女の音楽活動に大きく関わっているのだという。

「次の音楽を予見させるような一枚になったと思います。メジャーデビューしてからの日々は目まぐるしくて、無理に作品を生み出そうと試みて、一人で戸惑う時間もありました。でも、これからもずっと、音楽も絵も、感性のおもむくままに創作をしていきたい――歌で表現したいこと、絵で表現したいことが見つけられたような。この個展はそんな大切な機会にもなりました。いまは、精神的にとても健康です」

そう言って楽しそうな笑みを静かに浮かべていた湯木は、この個展を終えた後の昨年の大晦日から、SNSに「○○○○」の前で未発表曲を歌う姿を次々にアップしている。

「変貌します。始まりの年を終えて。来年は、生きにいきてゆくのみです」(2019年12月31日の湯木のツイートより引用)

新たな変貌の季節に湯木が描く命の音楽とは果たしてどんな調べとなるのか。それこそが、もしかすると彼女が指し示すHAKOBUneの行く先なのかもしれない。

文:内田正樹 / 写真:小嶋文子


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【INFORMATION】
湯木慧個展・展示作品受注会2019
『HAKOBUne-2019-』

日時:2019年11月11日(月)~16日(土)※終了しました
会場:Gallery Conceal Shibuya
東京都渋谷区道玄坂1-11-3 富士商事ビル4F
https://galleryconceal.wixsite.com/gconceal
入場料:無料